鮭と文化
馆长のサーモンレポート1 鮭神社を訪ねて
サーモンミュージアムの馆长です。
北海道で10月は鮭(シロサケ)の遡上シーズン。私は今回、全国有数の鮭の水扬げを夸る、标津町を访れました。
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日本の沿岸で渔获されるシロサケは、そのほとんどが孵化放流によるものであり、ある程度成长した稚鱼を放流することで、回帰率を向上させています。鮭は1グラム、5センチ程度の稚鱼になるまで人の手で大切に育てられ川や海に放流されます。そして、北太平洋を回游し、生き延び、成长し、4年后に再び生まれた川へ戻ってきます。今回私が访れた标津町は、日本一の鮭の回帰率を夸る町。なんと放流した稚鱼の约10%が4年后に标津に戻ってくるのです。日本全国で鮭の回帰率は平均4%程度。それが标津町に限ってなぜこんなに高いのでしょうか。それは、町ぐるみで鮭を守っているからでした。 |
孵化放流は採卵から始まります。採卵后受精させ孵化し、放流できる大きさになるまで约4ヶ月は、孵化场の仕事です。そして放流后は、小さな鮭の运命に任せる???だけではないのが标津町です。鮭の稚鱼が放流され滞留する5~6月の标津沿岸は、鮭稚鱼の饵となる动物プランクトンが豊富で水温、塩分浓度にも恵まれ、鮭稚鱼にとっては良い生息海域となっております。それは鮭だけでなく、小さな鱼や海老等にも良い生息海域です。ここで渔を行えば、鱼や海老がたくさん渔获できるでしょう。と、同时に、せっかく放流した鮭の稚鱼も小さい目合いの网にかかってしまいます。 | ![]() |
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そこででは、鮭の稚鱼が标津沿岸で、栄养をたっぷりとり、これから始まる长旅に耐えうる力を蓄える期间、なんと小さい目合いの网を使用する渔を禁止し、鮭の稚鱼を守っているのです。こうして标津の多くの人に大切にされた鮭は、4年后、立派に成长して再び标津に戻り、回帰率を押し上げているのです。勿论标津で110年前より开始された鮭の孵化放流事业の成果も高い回帰率に寄与しています。孵化放流事业の资金は渔业による渔获高の一部から拠出されています。トータルで考えたとき、町全体が豊かになる仕组みが标津にはありました。 |
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鮭の町、标津にある小学校では、鮭の学习が1年生から6年生までカリキュラムされており、私は、5年生のフィールド実习に同行させていただきました。町内にある「标津サーモン科学馆」学芸员であり、鮭のプロフェッショナルである市村さんに、子供たちは鮭の生态についてレクチャーを受けます。この日は、鮭が自然产卵を行う川、忠类川で产卵の様子や死骸を観察し、鮭が生态系に果たす役割を学习しました。 |
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また、鮭の町「标津」は全国に先駆けて「标津町地域HACCP(ハサップ)」に取り组んでいます。かつて近隣地域で発生したイクラのO157问题をきっかけに、町ぐるみで「地域贬础颁颁笔」に挑戦しました。HACCPとは米国航空宇宙局(NASA)が宇宙食の製造にあたり、安全确保のため策定したシステムであり、通常、食品加工工场で认定を受けるシステムです。ところが、标津町は渔获?市场?加工?流通など町が一体となって贬础颁颁笔システムを导入し、食の安全确保に留意してきました。定置网から扬げた鮭を渔港に运ぶわずかな时间も氷を使用し规定の温度を保つなど、费用と町の人々の労力をかけた取り组みは徐々にその効果が现れ、标津ブランドの鮭が価格面でも评価されるようになってきたそうです。 |
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